「Hello! インディー」第25回 開発者が語った「覚悟」と「こだわり」『Cuphead』(後編)

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Hello! SOEJIMAです。
今回は『Cuphead』の開発者であるStudioMDHRのChad(チャド)さん、Jared(ジャレッド)さんに聞いてみました。

Studio MDHR:
チャド&ジャレッド・モルデンハウワー兄弟によって2013年に設立された開発スタジオ。現在のスタッフは16名ほど。今作が初のタイトルとなる。リモートワークを導入しているためオフィスは無いが、スタッフは主に北米在住。チャドさんがアートディレクターで、ジャレッドさんがリードゲームデザイナー。

チャドさん、ジャレッドさん、よろしくお願いします。
まず『Cuphead』を作ることになったきっかけを聞く前に……お二人とも幼いころからゲームを作られていたんですね。

子どもの頃の話をすると、僕と弟で最初に“制作”したゲームは、ボードゲームでした。タイトルは、『welcome to Lleh』。サイコロを振って遊ぶめちゃくちゃ難易度の高い運ゲーで、最終目的は、「デビル」と戦って倒すことでした(どこかで聞いたようなゲームですね?)。でも大抵は、2人であれこれ空想を膨らませては、自分たちで考えた「ロックマン」のステージやボスなどを、方眼紙に手描きしたりしていましたね。

最初に制作された『Welcome to Lleh』。よく見るとデビルがいる!?

最初の制作はボードゲームから始まっていたんですね。しかもそのころからボスが「デビル」だったとは。

その後『Ninja Stars』というゲームの制作にも挑戦しました。これは『魂斗羅』風のアクションシューティングゲームで、テクスチャを色鉛筆で作ったんですよ。でも、今のようにしっかり確立されたインディーゲームシーンのサポートがない時代だったので、残念ながら日の目を見ることはありませんでした。

『Ninja Stars』。色鉛筆ならではのテイストがいいですね。

その後も「子どものころから大好きだったものをベースに、何か一緒に作りたい」という夢は、ゲーム制作以外の業種の仕事に就いたあとも持ち続けていました。そして、2013年に自分たちのスタジオを立ち上げて、カートゥーンの世界の制作にとりかかったんです。

他の手法に戻る選択肢は、もうなくなった

そもそもなぜカートゥーンアニメーションのゲームを作ることになったのでしょうか?

僕たちは昔ながらのカートゥーンの大ファンなので、いつもどこかで「アナログなものを使ってゲームを作りたい」と思っていました。世の中にはすばらしいデジタルゲームがたくさんあるけれど、アナログなもので制作したアートとまったく同じ“スピリット”を、デジタルアートで表現することはできない、というのが僕たちの持論だったんです。だから『Cuphead』の開発を始めた当初も、いろいろなアートスタイルを試してみました。クレヨンとか、色鉛筆とか、パステルとか、あらゆる画材を使って“カートゥーン風”のテイストを再現しようとしたんです。

当時試していたアートスタイルの資料

その間ずっと、冗談で「1930年代のカートゥーン映画とか短編みたいなスタイルにしたらいいんじゃない?子どもの頃から大好きだったものへのオマージュとして」なんて言っていたんですよ。その冗談をまじめに試作してみようということになって、初期のポパイやミッキーマウスのカートゥーンをベースに、僕がアニメーションやスケッチのサンプルをいくつか作ってみたら……全会一致で「これだよ!」となったんです。

カートゥーンベースの試作の資料

この時点で僕たちは「他の手法に戻る選択肢は、もうなくなった」と認識しました。それどころか、本気でこれまで誰も見たことがない独創的なゲームにしようと思ったら、カートゥーン“風”に手法をまねるだけでは足りない。カートゥーンアートの手法にとことん忠実に、1コマ1コマ、手描きでの下絵・ペン画にこだわる必要があると思ったんです。

ギネス級のこだわり

今回はすべて手描きのセル画によってアニメーションを作られたということですが、具体的にどれほどのセル画を描かれたのでしょうか?

『Cuphead』では独自の制作プロセスを用いているので、敵やボスのアニメーションも、複雑さによって変わってきます。例えばアニメーションひとつを取っても、32コマのものもあれば、100コマ以上のものまであったり。ボスキャラも、比較的動きの単純なものはトータル800コマぐらいで、意表を突く派手な変形をするものだと、1400コマにもなります。カップヘッド&マグマン兄弟にいたっては、それぞれ1200をゆうに超えますね。

これで30~40コマなので、この何十倍もキャラクター毎に描かれているんですね……気が遠くなります。

一つ一つのキャラクターのセル画はどのように作られているのでしょうか?

ゲーム内のアートはすべて、動画用紙に鉛筆で下絵を描くところから始まります。この下絵の中から、“確定”デザインとして固まったものは、上に別のまっさらな動画用紙を乗せて、ペンでトレースしていきます。

それが済んだら、唯一のデジタル工程「彩色」に入ります。開発の初期段階ではセル画に直接彩色するつもりでいて、実際かなり大がかりな手塗りをしてサンプルも仕上げたんですが……丁寧に手塗りしたセル画と、デジタル彩色したものとを合わせてゲームに実装して、いろんな視覚エフェクトをのせて比べてみたら、ぜんぜん違いがわからなかったんです。
なので、天然素材にこだわりたい気持ちはあったものの、彩色はデジタル処理にして開発時間を大幅に短縮するという大きな決断をしました。

デジタルでの彩色の様子と、各工程の完成形です。

でも、だからといって手抜きをしたわけではありませんよ。
逆に、細かい工夫を徹底的に凝らしています。セル画風に影をつけたり、フィルム粒子のようなノイズや、実際のフィルムからスキャンしてきたスクラッチノイズをのせたり、インクで汚れたコマを入れて、1930年代のカートゥーンのような、手作りならではのいびつさを表現したりしています。人の手で作られたもの特有の愛すべき欠点をそこかしこにちりばめて、当時のスタイルを再現しました。そして背景はすべて手描きの水彩画ですからね。

画面全体に薄く見えるノイズも、すべて意図して作られています。

……と、そんなこんなで『Cuphead』で使用している手描きのセル画は、45,000枚以上になりました。「ゲーム制作に使われた最も多い手描きセル画の枚数」として、ギネス世界記録にも認定されたんですよ。

……これには絶句してしまいますね。
だからこそ、どのシーンをとっても、一目で魅了されてしまうんですね。

この先、別のゲームを制作する機会はもうないかもしれない

そして今回もう一つ「絶妙な難易度」も魅力の一つになっていたと感じました。

『Cuphead』で目指すことが明確に決まって、このプロジェクトに“すべてをかける”ことにしたら、現実が見えてきました。つまり「この先、別のゲームを制作する機会はもうないかもしれない」と自覚したんです。だからどうせなら、子どもの頃大好きだったレトロゲームの時代の難易度を目指そう、と思いました。
開発中、常に念頭に置いていたのは、「現代の感覚を備えたアーケードゲームのようなゲームエクスペリエンス」です。懐かしのゲームを思わせつつ、ただ、あの頃のゲームにありがちだった「ゲームオーバーになったらキャラクターのアップグレードが全部パー」みたいな、フラストレーションのもとになりがちな要素は排除したかった。公正で、かつ、恐ろしく難易度の高いゲームにすることが目標でした。
最終的なゴールは、『テトリス』やピンボールのプレイヤーが体験するような、心理学でいう「フロー状態(※)」を味わえること。繰り返しプレイしてうまくなることで、そういう状態に到達できる、絶妙な難易度を目指しました。フロー状態に入ったプレイヤーは「プレイしている」ということを忘れて、研ぎ澄まされた直感を頼りに、ただ反射的に操作する域に達します。達成感を得るには、高い難易度は絶対に必要だと僕は思っていて。『Cuphead』のプレイヤーには、立ちはだかる困難の大きさに見合った、とびきりの達成感を味わってほしかったんです。

※フロー状態:人がそのときしていることに、完全に浸り、集中している状態のことを指します。スポーツとかでは「ゾーン」と言われたりしますね。

確かに、クリアした時の達成感は格別でした。フロー状態の話をもっと詳しく聞いてみたい……が、これはまた別の機会にしたいと思います。
それでは、今後の展開はいかがでしょうか?

今は、先日発表になったダウンロードコンテンツ(原題『The Delicious Last Course』)の開発に、チームを挙げて全力を注いでいるところです。別の島が1つ追加されて、新しいボスや、武器や、チャームも複数登場します。そして、新たに「Ms. Chalice」をプレイヤーキャラクターとして使えるようになりますよ!

目下の目標はこれを完璧に仕上げることなので、今はそこに全神経を集中しています。
でも、僕たちは常に次の行き先にも目を向けているので、かなり初期の段階ですが、新作の制作準備にも取りかかっています。ざっくりとアイデアをまとめたデモを作りつつ、次に備えているところです。

新しいキャラクターはもちろん、新作もとても楽しみです!続報をお待ちしていますね。
それでは最後に、日本のユーザーへのメッセージをお願いします。

デジタルゲーム業界というものを形成したのは、間違いなく日本のゲームだと思いますし、さまざまなジャンルを誕生させるにいたった主要な原理やコンセプトが確立されたのも、日本のゲームによるところが大きいと思います。ジャレッドも僕も、子どもの頃からいろいろな日本の有名タイトルで遊んできたし、いまだに、おもしろいゲームで遊びたくなったときは、しょっちゅう手に取っていますからね。a

Studio MDHRのデザイナーによる、当時の二人の様子のイメージ。

日本のゲームから影響を受けたことを誇りに思うし、『Cuphead』をプレイしてもらえれば、日本の皆さんにもそれをわかってもらえると思います。実際、80~90年代の日本の名作ゲームがなかったら、『Cuphead』は生まれていなかった。だから僕たちは、日本のゲームに深い愛情とリスペクトを抱いています。
今回、Nintendo Switch版がリリースされるに当たって、ベストな状態の日本語版をお届けできるよう、特に時間を割いて日本語テキストをブラッシュアップしました。日本の皆さんによろこんでもらえるように、テキストには楽しいネタも盛り込みましたし、ボスのタイトルカードのフォントは、著名な似顔絵アーティストの、ちばけいすけさんが書いてくださいました。
日本の皆さんが『Cuphead』をプレイしてどんな反応をしてくださるか、とても楽しみです!

チャドさん、ジャレッドさん、ありがとうございました。

それではみなさん、よいインディーライフを!

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