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読者の皆さん、はじめまして。文章を書く仕事をしている、稲葉ほたてです。

昨年12月27日、あの「脳トレ」がひさびさに発売されました。
毎日遊んで脳を活性化できるゲームは、今回も盛りだくさん。しかもNintendo Switch(以下、Switch)で登場ということで、Switchの機能を活かした様々な新トレーニングも追加されています。

そこで今回は、Switch版「脳トレ」最新作を取材するため、仙台市の東北大学加齢医学研究所を訪問。開発に関わった任天堂の河本浩一さんと久保堅太さん、そして川島隆太教授から開発時のエピソードや、「脳トレ」のこれまでについて聞いてきました。

当日は教授が大のゲーム好きだったことが発覚したり、「監修」の域を超えた深い開発への関わりに驚いたりと、大変楽しい取材になりました。皆さん、教授のイメージが良い意味で“壊れていく”(?)感覚をぜひ味わってください!

※『東北大学加齢医学研究所 川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のNintendo Switchトレーニング』は、医療機器ではありません。

1.なぜ今、Switchで「脳トレ」なの?

出会い……15年前の今日

河本浩一(以下、河本)

実は、ちょうど15年前の今日(※取材日の2019年12月2日)、岩田社長(当時)と一緒に、東北大学にある川島教授の研究室を初めて訪問させていただいたんです。初代「ニンテンドーDS(以下、DS)」の発売日でした。

河本浩一:企画制作部 プロデューサー

え! そうなんですか!

川島隆太(以下、川島)

そういえば……気づかなかった!
でも、当時の僕は警戒してましたよ。まだ産学連携のハードルが高かった時代です。それでなくとも、企業側からの売り込みって、大学側は「利用されてしまうんじゃないか」と警戒するものですしね。

川島隆太:東北大学加齢医学研究所 所長

ところが、社運を賭けたDSのまさに発売日に、しかも社長の岩田さんがやってきた。

川島

意気に感じましたよ。それに岩田さんが、本当に面白かった。聞けば自分と同い年で、大学も同じ理系。いろいろな部分で、自分と感覚が合うんですよ。

河本

もう、いきなり仲良く話されてましたね(笑)。

川島

ええ、そして岩田さんから初代のDS版「脳トレ」のアイデアを聞きました。あれから『鬼トレ』【※】なども含めて15年続けてきましたが、今回は岩田さんのいない中でやるわけですから、本当に、僕らの「試金石」だよね。

※鬼トレ
任天堂より2012年7月28日に発売されたニンテンドー3DS用ソフト『東北大学加齢医学研究所 川島隆太教授監修 ものすごく脳を鍛える5分間の鬼トレーニング』のこと。

川島教授は……優秀なテストプレイヤー!?

今回、「脳トレ」を久々にSwitchで出すということで取材させていただくことになったのですが……そもそもどういう経緯で始まったのですか?

河本

自分なりのきっかけを言うと、なぜか最近になって、「脳トレ」をやりたいという話が、私が当時DS版「脳トレ」を担当していたことを知らないような、少し遠い知り合いなどからよく出てきたことですね。ただ、DS版ソフトは今見るといろいろ古いところもあってお勧めしづらいので、最新の機種でつくってみようかな、と。

久保堅太(以下、久保)

私は『鬼トレ』以降も川島先生と企画の相談をし続けていて……まさに2年前ぐらいですかね。河本と話して、「“脳トレ”の企画をNintendo Switchで考えています」とお伝えしました。

久保堅太:企画制作部

川島先生としては、どうでしたか?

川島

講演会で「次は何が出るんですか?」と、DS版の「脳トレ」をやった人たちに聞かれるんです。
ただ、そのときに「すごくハマりました」と過去形で話されてしまうのが、少しさみしい。で、さらに聞いてみると、以前は子供と一緒に遊んでいた人が初老に差し掛かり……「物忘れ」などが始まっているとおっしゃるんです。

ああ、今度は自分自身のためにやりたい、という感じなんですね。

川島

そうです。当時の子供たちも大学を卒業して、自分で稼いだお金で購入したがっているといった声も聞いたりしました。そう考えると一世代のサイクルが回って、色々な意味でちょうど「面白い」時期なのかな、と。

そういう意味ではディレクターも、河本さんから一世代下の久保さんにバトンタッチされてますよね。

河本

久保は大学の頃からプレイしていますし、入社後もずっと「脳トレ」に関わってきて、強いこだわりがあるので、任せることができるんですよ。

久保

15年前は、まだ美術大学の大学生でした。
「脳トレ」はゲームとしても面白かったですし、なにより新鮮で……普段はゲームをしないような人たちにも広がっていた印象ですね。今までにない価値観のゲームだったと思います。

その頃から考えると、いま川島先生と一緒にゲームを作っているのは凄いことですよね。

久保

本当に、そうですよね。
川島先生も河本も大事にしているものがあって、そこに自然と共感できました。ゲームが苦手な人でも遊べるように、いかにわかりやすくするか――直感的に理解できるまで、二人ともシビアに指摘していくんです。フィードバックもすごく明確でした。

川島

今回は確か、定番となっている「手書きの計算」のデモ試作から始めたんですよね。

手書きで計算をおこなう「計算25」。
本体を縦持ちし、タッチペンで入力する。

久保

まずは初代の「脳トレ」をSwitchで作り直していきました。
「Switch本体を縦持ちする」という提案に、川島先生が「俳句みたいで面白いね」とおっしゃったのが印象的でした。あと、川島先生から「Switchはテレビにも映して遊べるので、なにか今までのDS版にはなかった体験を提供できそうだ」というお話もありました。

そういうお話が、川島先生から来たりするんですね! 制作中にも頻繁にやり取りされていたんですか。

久保

節目節目では必ず東北大学に伺いますし、大きく変わった個所はお見せします。
あとは開発用のSwitchを川島先生のデスクにも置かせていただき、随時最新のバージョンもお届けしています。

川島

で、「ここはおかしい」とか「これは納得できない」とか、色々と注文を付けたりして。やりあったりもしますね(笑)。

だいぶ、がっつり入られてませんか(笑)?

久保

もう朝出社してメールを開くと、教授から仕様についてのコメントやバグの指摘なんかがズラズラと届いていたりして……。もちろん専門分野のアドバイスもいただくのですが、そもそもゲームとしての面白さについて指摘をいただくこともあります。

それって、もはや優秀なテストプレイヤーの行動じゃないですか(笑)。

裏「川島」はゲーム好き

もしかして……川島先生って、ゲーマーでいらっしゃるんですか?

川島

それは、まだ表には出していない、裏「川島」です(笑)。
告白すると……もうバリバリのSwitchユーザーです。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』ではすべての祠を制覇しましたし、『スプラトゥーン2』にも手を出しています。新しいゲームを始めると、もう夢中になってしまうんです。

最近プレイされたのは、どんなゲームですか?

川島

最近はSwitchの『ゼルダの伝説 夢をみる島』【※】ですね。仕事の合間にプレイして、2~3週間でクリアしました。

※ゼルダの伝説 夢をみる島
任天堂より2019年9月20日、Switchにて発売。1993年に発売されたゲームボーイ用アクションアドベンチャーゲームのリメイク。

だいぶ、ゲーマーでいらっしゃいますね(笑)。昔から相当プレイされていたのですか?

川島

いや、貧乏学生だったので、インベーダーゲームの頃は、人がやっているのを見て、面白がっていただけです。
で、いつかは俺もやるぞと思っていて、医者になってからは、もうファミコンをプレイしまくりました。ハマったのは、「マリオ」、「ドラクエ」……一時期はゲーセンにも通いましたね。

「パワプロ」なんかも医局の後輩たちと、よく試合しました。

でも、そう聞くとゲームとの出会いは必然ですし、そこまでゲームを理解している人が「脳トレ」を手掛けていたんですね。

「我々が普段考えてもいないアイデアまで話してもらえる」(河本)

河本

先生に「遊び」を深くご理解いただけているのが、ありがたいです。気軽に、我々が普段考えてもいないアイデアまで話してもらえるので、大変に後押しになっています。

久保

先生にはテーマを決めず、自由にご発言いただいていますね。

なんだか「監修」の域を超えていますね。機能のデモ段階から見せているんですか?

久保

ええ。Switchの本体機能、たとえばJoy-Con(R)の「モーションIRカメラ」を利用した新しいデモができたりしたら、その段階で先生に見ていただきます。ダメと言われたらどうしようかな、とも思うのですが、先生は面白がってくださるので、こちらからも「じゃんけんに活かしてはどうでしょうか?」などと提案して、一緒に考えていきます。

Joy-Conに手をかざしてじゃんけんをする
「後出勝負テスト」

川島

「手の形や指の本数も、ある程度は認識できます」とか「一つの本体にコントローラーが二つ付いているので、DSの時にはなかった入力方法が実現できます」と聞いて、何かないですかねえ……と議論していく感じですね。

久保

「指体操」なんかは「手をポーズするだけでも面白いんじゃないの?」という川島先生の言葉がきっかけです。

今度はプランナーさんみたいな立ち位置ですね(笑)。でも、これも長年の信頼関係から生まれたものですかね?

川島

そうですね。結構、私のほうから要望を上げさせてもらっています。あと、DS版の時にお願いしたけど入れられなかった、空間的に離れた人とも一緒に楽しめる要素も、Switch版でついに実現されるんです。

久保

2月のアップデートで追加予定の「世界一斉脳トレ大会」ですね。週に一度、世界中のプレイヤーが競い合うオンライン大会です。毎回競技内容を変えて、今回の種目はコレ、次回はコレみたいな感じで、いくつかの競技から選べるようになるんです。
大会に向けてトレーニングしていくことで、日々トレーニングが続いていく仕掛けですね。

川島

当初は世界ランキングを取得しようとしたのですが、上位層が固定されてしまう問題があるんです。そこで毎週リセットされるような大会を作って、そこに向けてトレーニングしてはどうか、と。

20歳で「クリアした」は…ダメ?

個々の企画としての面白さはもちろんとして、Switch版「脳トレ」で目指したものはなんですか?

久保

先生から言われるのは、「脳トレ」の課題は「継続」にあるということです。

川島

たとえば、脳年齢の表示で頑張ってはいただけるのですが、最高成績を20歳にしているので、20歳になったところで「クリアした!」と、辞めてしまう人たちが結構いるんですよ。

たぶん、ゲーマーの層ですね(笑)。

川島

ただ、大事なのは「継続」なんです。
「脳トレ」というよりゲーム全般の問題ですが、継続性が低いという課題は強く感じています。ゲームって一通りやったら辞めちゃうものも多いじゃないですか。でも、専門家としての僕は、脳のトレーニングは長くやってもらいたいんです。

そのために、グループを組んで、友達同士でやってもらう。そうすると、脳年齢が20歳の表示になっても、横の彼女のタイムにはまだ追いつけなかったりする(笑)。我々のこれまでの研究でも、人と一緒に「脳トレ」を行うことの継続性への影響は、示されてきました。誰かと競い合うのは、10数年越しの継続まで見越したときの、有効な手段だと思っています。

河本

今回からフレンドと合わせたランキングも見られるようになりました。友達や、離れて暮らす家族とも競えるので、長く続けて欲しいなと思います。

ちなみに、開発中も皆さんで一緒にプレイをしたりするんですか?

川島

任天堂の皆さんと僕とで結果を共有しあって、オンラインで楽しんでいますよ。
僕の中では「河本の壁」があって、実に“腹立たしい”んですよ。なぜこのトレーニングでは勝てないんだと、毎日「コノー!」と思いながら続けているわけです。

河本

ははは(苦笑)。

久保

一番上なのは、この三人では確かに河本かもしれないですね。僕は「まだ先生に負けているな」と思いながら、プレイしています。

川島

最年長の僕が最年少の久保さんに勝っているんだから、ずいぶんと健闘していませんか(笑)?


2.なぜ川島教授は「脳トレ」に関わったのか?

「脳トレ」の“原点 ”は川島教授の企画

今日はせっかくなので、2005年のDS版「脳トレ」がどのように生まれたのかもお伺いしたいです。調べてみると当時は「社長が訊く」【※】もないし、ゲームメディアもノーマークのまま売れてしまったようで、あまり取材がないんです。

※社長が訊く
任天堂ホームページで展開していた、さまざまなプロジェクトの経緯や背景を社長(当時)の岩田聡が開発スタッフに訊くインタビュー企画。初回は2006年9月8日公開の「Vol.1 Wiiハード編」。

河本

私が参加していた「ユーザー層拡大プロジェクト」の検討過程で、当時ベストセラーだった『脳を鍛える大人の計算ドリル』【※】に岩田さんが興味を持たれたのが始まりでした。

※脳を鍛える大人の計算ドリル
2003年11月にくもん出版から発売された、大人のためのドリル。同じシリーズに、『脳を鍛える大人の音読ドリル』もある。これらは、1日5分、簡単な音読・計算をくり返すことで脳の前頭前野を活性化させ、脳の健康を維持・向上することを目的に作られた。毎日の「読み・書き・計算」トレーニングが脳を活性化させるという川島教授の研究成果に基づいている。

2002年に岩田さんが社長に就任されてからの、ゲーム好きの層を広げていこうとしたプロジェクトで登場したわけですね。ただ、そうなると遡れば「脳トレ」の“原点”は川島さんが、くもん出版で出したあのドリルですか?

川島

そうですね。
あれを出版する経緯は大変でしたけど、出版されるとすぐに100万部がバーッと売れていきました。

いや、100万部って、そうそう出てこない“驚異的”な数字ですよ。むろんすでに脳のトレーニングについて、サイエンスの裏付けはあったと思うんですが……企画としての勝算はあったんですか?

川島

家庭で親が勉強していたら「面白い」だろうな、と考えていましたね。

僕の中には、天邪鬼(あまのじゃく)な心があるんですよ。だって、「なぜ子供だけが家で勉強するんだ」って思いませんか? 親は子供に「勉強しなさい」というけど、親が家庭で勉強している姿なんて見たことないでしょう。
家の中で親が脳をトレーニングするために、必死になって勉強しているなんて、そんな面白いことないですよ(笑)。

確かに。

川島

基本的に「面白い」という時って、見ていて笑えることが“人と人が関わっている中で”起きる瞬間だと思いませんか?

親が家で勉強しているだけで、もうきっと面白い。名前も「大人のドリル」にしてしまって、見せ方も子供のドリルと同じ形式にしてしまう。それを家庭に放り込んで、お父さんやお母さんがドリルを解いていたら、子供だって宿題をやる気が湧いてくるかもしれない。
そんな光景を想像したら、もう「本当に面白いな、きっと笑えるな」と思ったんです。

さっきから良い意味で、みんなの“川島教授”のイメージが壊れている気がします(笑)。それにしても、「面白い」という言葉をよく使いますね。

川島

ええ、面白いことは大好きです!
研究者は、そうじゃないといけないです。脳の研究だって「面白い」からやっているんです。

「ここに自分の居場所はないな」(川島)

ちなみに、川島先生の研究分野って、どういうものだったのでしょうか? 「脳機能のイメージング技術」という話はホームページなどでも見かけるのですが。

川島

ええ、僕はそれを日本で最初に始めた中の一人です。
これはコンピュータが発展してきて、初めて可能になった技術なんですよ。脳の働きの変化を測定して、それをCGの技術で絵として見せるというのが基本的な説明になるのですが……人間の脳そのものを扱えるので、データを乱すノイズが非常に小さいのが特徴です。それを統計学をたくさん使ってビジュアルで表現すると、色々なことがわかるんです。

とはいえ、始められた時期はまだ20世紀だったわけですし、相当に大変だったのではないでしょうか。

川島

そりゃもう(笑)。今ならパソコンで出来ることも、丸一日かかって計算です。ちょうどパソコンが普及し始めた時期でしたが、まあ何をやるにも凄い時間がかかりました。

それに、日本には師匠もいなかったですしね。仕方ないので海外で師匠を見つけて、そのノウハウを日本に持ってきたのですが、今度は僕の研究内容が上手く既存の学問の枠に当てはまらない……ああ、ここには自分の居場所はないなと感じていました。
ですので、世界中で同じように一匹狼として活動していた研究者が集まって、自分たちで学会を立てたりしていた時代でした。

ひとつの分野を黎明期から立ち上げていくような研究者だったんですね。

川島

誰もやっていない分野だったのは、良いこともたくさんあるんですよ。なにせ僕の研究は全て新しいものになるし、ある意味では自分の好きなように研究も進められる。何かの枠にハメられることのプレッシャーもなかった。

そういう中で、「脳トレ」の基礎になるような研究結果を出されたんですね。

川島

あるとき、これまでの脳の常識から外れるような実験結果が出たんです。
計測実験をしていたら、単純な計算問題を解くときに、脳が大きく働いているのを見つけました。しかも、同じことを繰り返し続けているのに、何回やっても働き続けている――これはどういうことだ、と。
というのも通常、脳は同じことを繰り返し行うと、どんどん効率的に動くようになって、働きが低下していくんです。

すごく身近な話にまつわる結果なのですが、まさに最新のイメージング技術だから、発見できたんでしょうね。

川島

そこで今度は認知症患者の方々に、同じことを試したらどうなるのかを研究してみました。
……すると、もうみるみる効果が出るんです。どんどん計算できるようになるだけじゃない。どうも脳が全体的に活性化し始めているんです。

「脳を鍛える」ってどういうこと?

見たことがある方もいる言葉だと思うのですが、「転移効果」ですよね。なぜか計算問題などの単純作業をしているだけなのに、直接トレーニングしていない脳の働きまで向上していくという。でも、なぜなんでしょうか?

川島

説明しますか。これは、ちょっと難しい話ですよ。

気合を入れて、頑張ってついていきます(笑)。

川島

僕は、脳の機能をよくコンピュータに例えるんですね。
コンピュータの性能として、CPU【※】の処理速度とRAM【※※】の作業領域の大きさは大事ですよね。脳の中にも、それと同じ働きをする領域が、前頭前野というところにあるんです。
CPUの処理速度が速いと、人間は何か行動をするのも機敏になりますし、RAMの作業領域が大きいと、色々なものを同時に行うのが得意になったりします。でも、これが年を取ると両方とも低下していくんです。

※CPU
「Central Processing Unit」の略称で、日本語では「中央演算処理装置」などと呼ばれる。メモリや周辺機器などからデータを受け取り、計算を行う場所。そのため、「コンピュータの頭脳」と呼ばれることもある。

※※RAM
「Random Access Memory」の略称。しばしば作業台に喩えられ、これが大きいとコンピュータが多くの作業を並列して行うことが可能になる。

年を取ると、動きがゆっくりになったりしますよね。

川島

ええ。しゃべるのも遅くなりますが、まさにこれらはCPUの処理速度の低下によるものです。あと、年を取ると、料理が苦手になってくるんですね。これはRAMの作業領域にあたる部分の縮小によるものです。だって、料理は究極の並列作業(※同時に何かを行うこと)ですから。

家庭で何気なくやっていることですが……たしかに並列作業ですね。

川島

ええ、ものすごいことなんです。会社で行われるようなビジネスですら、そのプロセスの中に全て包括されるくらい、本当に面白くて複雑なプロセスですよ。
なにせ、ある時間までに何をつくるのかという将来の姿をイメージしながら、RAMの中に情報を全て置いて作業を組み立てて、最後に一つのものにするわけですから。実に複雑です。

なるほど。つまり「脳トレ」は、このCPUとRAMを鍛えているのでしょうか。

川島

そういうことになりますね。
CPUに負荷のかかるような速度で作業をさせたり、RAMに多くの記憶で負荷を与えたりしてみる。この二つの視点で脳を鍛えると、やっぱり能力が向上していくんですね。

ただ、それによる「転移効果」の範囲は大きいです。当初、僕は認知症患者の方々もせいぜい症状の進みが緩やかになる程度の想定でいましたが、もう全く違いました。徘徊がぴたりと止まったり、トイレにも自分で行ったりする人も出てきましたから。
医者としても、医学の常識を覆すような結果だと思いましたし、その内容を「学習療法」と名付けて学術誌に発表しています。


3.「脳トレ」ブームから時を経て

「脳トレ」はなぜ流行ったのか?

そのプロセスで生まれたのが、「大人のドリル」だったわけですね。そして新分野を開拓するなかで、これまでにない研究成果も出して、書籍もベストセラーになっていた渦中の、まさに15年前の今日、岩田社長が訪ねてきた、と。

川島

同い年ですし、彼もゲームのプログラマでしたから、コンピュータを使いこなすことが仕事の中心でした。もう盛り上がりましたよね。

川島

ただ一番、岩田さんにシンパシーを感じたのは、彼の考え方なんです。理系の人間ならではのロジカルな思考が核にありながら、彼はその先に、色んなアイデアを膨らませられる。しかも、僕と同じように「面白い」ことが好きという匂いも感じるわけですよ。

川島先生のほうから岩田社長に要望したことはあるんですか?

川島

コミュニケーションツールにして欲しいという想いを強く伝えました。それが初代DSの「脳トレ」で、家族それぞれがログインして成績を比べ合う仕組みに繋がっています。

あのファミリーへの強いこだわりは、川島先生のものだったのですか?

川島

いや、むしろ岩田さんとまず気が合ったのが、そこです。二人とも、同じ想いを持っていたんですね。

本の「脳トレ」と同じですよ。小さな端末で、個人でこつこつ遊ぶのは、絵面としては別に「面白くない」。それが家族で成績を比べられたら、きっと笑えますからね。

それにしても当時、一作目があれだけ大ヒットするなんて思いましたか?

川島

いやあ、夢にも思いませんでしたよね(苦笑)。

河本

僕たちも、そうです。そもそも、紙で本が出ていて、そのほうがずっと安いわけですし、正直、そんなに売れないかもな……と思っていました。
でも、岩田さんが「大人のドリルをDSに落とし込みなさい」と言ったのが、結局は当たっていたんでしょうね。僕らが「一体どうなってるんだ!?」と驚いている中、岩田さんが一人でニコニコ喜んでいたような記憶です(笑)。

川島

当時、海外でテレビCMを観たときの、うちの大学院生の驚きようはなかったですね。学会で渡航したときに、夜中に時差ボケでテレビを見ていたら、コマーシャルで先生のポリゴンが出ているじゃないか、と。

川島教授のポリゴンモデル。
DS版(左)とSwitch版(右)。

あのCGもいま思うと凄いですよね。ここまでの話を聞いていると、川島先生はフランクに許してくれちゃいそうな気もしますが。

川島

ああ、でもその経緯は僕も気になっていて……気がついたら入ってましたから。どうしてなんですか(笑)?

河本

最初の企画書では、川島先生の実写をそのまま画面に出す想定でした。
でも、実写がぽんと出てくるのは、当時のDSのソフトとしては違和感が強い。その後は大学の先生っぽい教授帽を付けたイラストのキャラクターなども構想したのですが、現本部長の高橋が「これやと、おもろないなぁ」と。
で、彼の提案もあって、『スターフォックス』のラスボスを意識した、この粗めのポリゴンの今の形に収まりました。

元ネタは、そこだったんですか(笑)。

河本

もちろん、キャラクターとして面白くなるように調整しましたけどね。
高橋や担当デザイナーのこだわりが詰まってます。ただ、先生にOKをもらいに行くのは気が引けましたね。自分が大学に通っていた頃を考えても、大学の先生って真面目な方も多いので、怒られるんじゃないかな、と。

川島

僕は「面白い」のが好きなので、OKでしたよ。まあ、あれほど普及するとは思ってもいなかったですが。

しまいには、『大乱闘スマッシュブラザーズ』にまで出てしまって、遂にはゲームキャラにまでなり……。

久保

Switchの『スマブラSP』では、社内の担当者から依頼を受けて、僕が先生に許可をいただきに行きました。

あれの許可を貰いに行った人は、どんな気分だったんだろうと気になってましたが、目の前に(笑)。

川島

いやもう、やっぱり言いづらそうにしてましたよね。
一生懸命に動画で仕様の説明などをしてもらいましたけど、僕は「ええよー」って感じで、もう二つ返事ですね。

さすが、懐が深いですね(笑)。とはいえゲームにまで顔が出ると、当時は困ったことも多かったのではないですか?

川島

そりゃ、もう。今でも仙台で飲みに行くと、すれちがった後に「川島だ」と言っている声が聞こえたりします。せめて、先生くらい付けて呼んでくれるとうれしいなあ、と(笑)。あとは、いきなり子供に「パクチー!!」【※】と言われたりとか。

※パクチー
DS版「脳トレ」のタイトル画面で、川島教授に「パクチー」と呼びかけると、驚いたような表情になる。

そもそも、川島先生がパクチーが苦手というのは正しい情報なんですか(笑)?

川島

もちろん、正しいですよ。河本さんに「嫌いな食べ物、なんかないですか?」と聞かれて、あとでゲームを確認したら入っていて、「なるほど、ここに使われるのか」と。

今でも講演会の質問タイムで、小学生から「先生は本当にパクチーが嫌いなんですか?」って聞かれます。ゲームをやっている証だと思うので、うれしいといえばうれしいんですが(苦笑)。

有名になると、色々と起きるんですね(笑)。ちなみに、いま振り返ってみて、川島先生は「脳トレ」が流行った理由をどう分析されていますか?

川島

これは、僕も興味津々なテーマですよ。
ただ、人々が「内面に向き合うタイミング」だったんじゃないか――とは感じてますね。

高度成長期で「物の豊かさ」を追い求めていた時代だったら、あのゲームが売れた気はしないんですよ。でも、バブルも終わって経済的な豊かさも達成したら、そのあとに来るものって、やはり「自分」への関心だと思います。そのときに、あの「自分の内側を磨く」感覚というのが、当時の時代背景にマッチしていたような気はしています。

ただ、「脳トレ」という言葉がこれだけ広まったのは、やはりあのゲームのおかげですよね。

家族で「脳を鍛えて」ほしい

……ということで、そろそろ時間になりました。最後にプレイヤーの方にメッセージをいただけますか?

久保

フレンドがいる方はフレンドと結果を競いながら遊んでほしいです。フレンドがいないという方でも「世界一斉脳トレ大会」で、他のプレイヤーと競い合う楽しさを味わってほしいです。

直接競い合う“対戦脳トレ ”も収録。
そのうちのひとつが、「野鳥数え」。

河本

初代の話があってから、ちょうど15年が経ったということで、懐かしい人にも当時は興味がなかった人にも脳を鍛えてほしいですね。僕の子供も当時は3歳だったのですが、今回はできるんじゃないかと思っています。

川島

単純な内容だから、小さい子供でも遊べますよね。しかも、こういう単純なことで大人と子供が比較しあうのって、面白いんですよ。昔からある任天堂さんのかるたみたいなものの役割を果たせる気がしています。

久保

あとは、テレビを使ったコミュニケーションツールとしても使えますよね。

川島

最初、久保さんがデモする時に、研究室のディスプレイにつないだんですが……もう「面白い」んですよ。自分でプレイするときは必死ですが、逆に人がプレイしているのは実に笑えるんです。

それに以前、家庭用テレビをモニターにした「脳トレ」をつくったことがあって、それを高齢者の方にやっていただいたら、大好評だったんです。通常1割くらいは脱落するのが初めてゼロになって、「むしろもっと続けたい」という声まで聞こえてきました。

その結果は、心強いですね。

川島

僕らが本来狙っていた、家族のコミュニケーションツールであり、かつゲームで脳を継続的に鍛えられるツールになる気もしています。

やっぱり、「脳トレ」はブームで終わらせてはいけないと思っています。
個人的には人生100年時代なんて言われる中で、自分の機能をきちんと維持して落とさないようにする努力を各々がしないと、たぶん世の中が成立しなくなると感じています。「脳トレ」を手軽に遊びながら続けることで、生活が豊かになると同時に世の中も良い方向に向かっていく――そういう自信があるので、ぜひ手に取っていただければと思います。(了)

©2019 Tohoku University / Nintendo
Photo By NAKAMURA Yutaka

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