2016.7.27
Wii U  スターフォックス ゼロ

『スターフォックス ゼロ』のアニメーションができるまで。 [第1回]ベストな制作現場で

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みなさん、こんにちは! 京都在住ライターの左尾昭典です。
少し前の話になりますが、Wii Uソフト『スターフォックス ゼロ』の発売に合わせて公開されたアニメーションの『スターフォックス ゼロ ザ・バトル・ビギンズ』。みなさんはもちろんご覧になりましたよね。私は、そのクオリティの高さに驚きつつも、フォックスが肩をいからせ、颯爽(さっそう)と歩く姿に「かっこいいー」と思わずつぶやいたのでした。

さて、そんな私に届いた新たな指令は、このアニメーションの制作者たちの話を聞くこと。しかもペパー将軍みたいに恰幅(かっぷく)のいい任天堂の人が「すまないが、東京・三鷹のプロダクションI.Gに向かってくれないか」と言うのです。私はファルコのように「まったくぅ、相変わらず人使いがあらいぜ」・・・なんてことは露ほども思わず、フォックスのように「わかりました。ただちに向かいます」とキリッと答えたのでした。当然です。だって、数々の名作アニメを生み出してきたプロダクションI.Gの内部に“潜入”できるのですから。というわけで、ワクワクしながら三鷹へ出撃!・・・と、その前に、Wii Uをお持ちのみなさんに朗報です! 

なんと、今回のインタビューで紹介するアニメだけでなく、『スターフォックス ゼロ』のトレーニングモードが無料配信されることになりました。その名も『スターフォックス ゼロ ザ・バトル・ビギンズ+トレーニング』(「ニンテンドーアカウント」でログインしていれば、こちらからすぐにダウンロードいただけます)。トレーニングモードで遊べるのはアーウィン、ウォーカー、ジャイロウィング、ランドマスターの4機体。読んでから遊ぶのか、遊んでから読むのかはアナタ次第ですよ。なお、このお話は3回にわたってお届けしますので、お楽しみに~!

 

第1回

ベストな制作現場で

「もともと任天堂ゲームの大ファンだった」

宮本さんは、プロダクション I.G(※1)の石川社長とは、もともと知り合いだったそうですね。

 

※1 プロダクション I.G=Production I.G。1987年に設立されたアニメ制作会社。アニメーション作品の企画から制作まで一貫して行う。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などの大ヒットにより、国内だけでなく、海外での知名度も高い。スタジオは東京武蔵野市。

宮本

そうなんです。じつは石川さんとのつきあいはけっこう古くて、金沢のデザインイベントで・・・。

石川

eAT金沢(※2)でしたね。なので、10年以上前からの知り合いなんですよね。

 

※2 eAT金沢=金沢市が主催するメディアアートとクリエイターの祭典。1997年より毎年開催され、2004年には宮本茂が名人賞を受賞。2009年には石川光久氏が、当イベントの総合プロデューサーをつとめている。

宮本

で、そのあともちょくちょくお会いする機会があって、「いつか、いっしょに仕事ができたらいいのにな」とは思ってはいたんです。

それが今回のアニメで、ようやく実現したんですね。

宮本

そうなんです。

さて、アニメ『スターフォックス ゼロ ザ・バトル・ビギンズ』が、どのように制作されたか、という話に入る前に、みなさんに自己紹介をお願いしたいのですが・・・。

石川

アニメ制作スタッフについては、僕からかんたんに紹介しましょうか。

はい。ぜひお願いします。

石川

まず、今作の監督である浅野恭司・・・彼はもともとプロダクション I.Gに所属していて、数年前にウィットスタジオ(※3)に移ったのですが、『進撃の巨人』(※4)とか『PSYCHO-PASS サイコパス』(※5)などでキャラクターデザインを担当するなど、アニメーターとしてはピカイチなんです。なので、今作の監督をやってもらうことにしました。

 

※3 ウィットスタジオ=WIT STUDIO。プロダクション I.Gのグループ会社として、2012年に設立されたアニメ制作会社。代表作にアニメ版『進撃の巨人』、劇場作品『ハル』などがある。スタジオは東京武蔵野市。

 

※4 『進撃の巨人』=諫山創氏の原作マンガをテレビアニメ化した作品。第1期は2013年に放送され、第2期の制作が決定している。

 

※5 『PSYCHO-PASS サイコパス』=フジテレビ“ノイタミナ”にて、放送されたアニメ作品。プロダクション I.G制作。

浅野

もともと僕は任天堂ゲームの大ファンなんです。ずいぶん前にプロデューサーの中武とご飯を食べたときも「任天堂さんのゲームのアニメに関わることができたらいいよね」みたいな話をしてたくらいなんです。

では、今回のアニメ化は願ったり叶ったり、だったんですね。

浅野

はい。もちろん初代の『スターフォックス』(※6)も遊んでいましたし、それだけに今回の仕事には気合いが入りました。

 

※6 初代の『スターフォックス』=1993年2月に、スーパーファミコン用ソフトとして発売されたシューティングゲーム。

石川

で、プロデューサーの中武哲也。彼はプロダクション I.Gの時代に『戦国BASARA』(※7)などに関わり、ウィットスタジオに移ってからも、『進撃の巨人』などのプロデューサーをつとめてきているのですが、熱気のあるもの、かっこいいものをつくることに関しては、すごく長けているんです。今回、宮本さんからお話をいただいたときに、彼がうってつけだと思いまして、アニメーションプロデューサーに起用しました。

 

※7 『戦国BASARA』=カプコンから発売された同名のゲームをもとにしたテレビアニメ。第1期の放送は2009年。

中武

よろしくお願いします。

石川

そして、CGの制作会社であるオレンジ(※8)の代表をつとめている井野元英二さん。アニメ業界でオレンジさんといえば、高クオリティで名が通っていて、とくにCGとアニメーションの自然な融合に関しては、日本一といっても過言ではないんです。ちなみに、最初に彼といっしょに仕事をしたのは・・・。

 

※8 オレンジ=2004年に設立された、CGアニメーションの制作会社。劇場版アニメでは『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序・破』などの制作にも関わっている。スタジオは東京武蔵野市。

井野元

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(※9)です。10年以上も前の作品で、それ以降も、いろんな作品でCGをやらせていただいて、今回は「フルCGをやりたい」というので、「ぜひぜひ」ということで、この作品に関わることになりました。

 

※9 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』=2002年から2003年にかけて、スカイパーフェクTV!で放送されたSFアニメーション。

ありがとうございます。では、中武さんから、プロデューサーの石川さんの紹介をしていただけますか?

中武

はい。石川さんが社長をつとめるプロダクション I.Gは、本当に攻撃的な映画をつくる会社で、1995年に『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(※10)を世に送り出し、2004年には『イノセンス』(※11)という劇場映画をつくるんですけど、このときに日本のアニメとしてははじめてカンヌ映画祭のパルムドールにノミネートされるという偉業を残した・・・すごーい人なんですよぉー。

 

※10 『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』=1995年に公開された、劇場用アニメ映画。押井守監督作品。

 

※11 『イノセンス』=2004年に公開された、劇場用アニメ映画。日本SF大賞を受賞した押井守監督作品。

一同

(笑)

中武

それらの作品は、のちのアニメに大きな影響を与えてきましたし、「SFものといえば、プロダクション I.Gの石川」ということで、社会から認知されている・・・すごーい男なんですよぉー。

一同

(笑)

ひとりのプロジェクトではじまった

宮本さんからも、任天堂サイドのメンバーを紹介していただけますか?

宮本

ではかんたんに。まず、伊藤あしゅら紅丸さん・・・通称あしゅらさんは、あるときはマンガやイラストを描いたり、あるときはギターを弾いたり、またあるときはゲーム開発に参加したりと、いつもヒョウ柄のファッションに身を包むマルチアーティストです。初代の『スターフォックス』のときに、アメリカの「NINTENDO POWER」という雑誌でコミックスを連載して、それからのおつきあいになります。

あしゅら

初代の『スターフォックス』が出たのは1993年ですから、かれこれ20年以上のおつきあいになるんですよね。

宮本

そうですね。で、任天堂の今村孝矢。彼は、初代の『スターフォックス』をつくったとき、僕といっしょに世界観を考えたり、キャラクターをデザインしてくれたんです。いろんな動物のなかに、カエルを登場させたのも彼の仕業です。

今村

はい(笑)。

宮本

で、同じく任天堂の高野充浩は、スクリプトを書く仕事を主にやっていまして、初代の『スターフォックス』が出たときは・・・。

高野

入社していたんですけど、シリーズに関わったのはN64版(※12)のときで、そのときにキャラクターのセリフなどを担当しました。

 

※12 N64版の『スターフォックス』=『スターフォックス64』。1997年4月に、NINTENDO64ソフトとして発売されたシューティングゲーム。

石川

ちなみに僕らは、宮本さんたちのことを“四人衆”と呼んでるんです。

高野

でも、最初から“四人衆”だったわけではないんですよね。

宮本

そう。最初は僕ひとりのプロジェクトではじまりましたから。

そうだったんですね。そもそも宮本さんは、どうして『スターフォックス ゼロ』のアニメをつくろうと考えたんですか?

宮本

もともと『スターフォックス』のアニメをつくりたい、というより、パペットショー(人形劇)をつくりたいという気持ちが昔からあって・・・。

『サンダーバード』のような人形劇を『スターフォックス』でやりたい、という話は、N64版が出たときもしていましたよね。

宮本

そうなんです。で、初代のスターフォックスでもパッケージの人形やTVCMでは人形アニメをつくったりしました。今作でもパペットショーがつくれないだろうかといろいろ模索をしてみたんです。なかには、海外で制作するような話もあるにはあったんです。けど、できあがってくるものが、お約束のものになりそうでしたし、どうせ脚本の確認とか、いろんな作業が入るのであれば、制作現場が近いほうがいいと思ったんですね。じゃあ、日本でつくろうと決めて、『スターフォックス』のアニメーションをつくるのなら、石川さんに相談する以外ないだろうということで、お会いすることしました。

セルルックアニメーションで制作

宮本さんから「アニメをつくりたい」と相談を受けた石川さんはどう思いましたか?

石川

うれしかったです。うれしいから、余計に中途半端なものはつくれないなと思いました。そこで、このプロジェクトにふさわしい、ベストな制作現場をつくろうと奔走しました。

宮本

ただ、その当時はまだ、僕自身がパペットへのこだわりがあって、アニメをつくるのなら、日本のアニメのような2Dではなくって、アメリカのアニメのように3DCGになるのかな、と思っていたんです。ところが石川さんは・・・。

石川

セルルックのアニメーションでつくりましょうと、すごく強調したんですよね。

その「セルルック」というのはどういう技法なのか、ご説明いただけますか?

石川

昔からアニメというと、セル画で描かれてきましたけど、「セルルック」というのは見た目は2Dのセル画のように見えるんですけど、じつは3DCGで描いているんです。なので、すごくきめ細かくて、なめらかな描写ができるんですね。
で、そのセルルックを実現するにはオレンジさんが必要だと考えて、井野元さんを紹介したというわけなんです。

井野元

私は今回のお話をいただいて、セルルックでつくると、どういうものになるのかというイメージは自分のなかにあったんです。でも、実際に見てみないと、どんなものになるかわかっていただけないと思いました。そこで、ゲームで使っている3Dの原型のモデルデータをお借りして、試しにかんたんな動画をつくってみたんです。

宮本

その動画は、フォックスが数秒だけ動くものだったんですけど、「確かにこれはすごいな」って。そこで、任天堂の関係者に見せてみると「これ、ええやん」とか、「もっと見たい」という声があがったので、絵の方向性はわりとすんなり決まりました。
そうやって、アニメーションはセルルックの方向で行くことが決まりました。石川さんからは「パペットに未練はないですか?」とも聞いていただきましたが・・・。

石川

そうでしたね。

宮本

その時にはもう、セルルックを使って、新しいもの、ユニークなものをつくればいいと、自分の気持ちを切り替えることができていたので、パペットについてはスパッとあきらめることができました。

アニメの完成10か月前に“四人衆”を結成

絵の方向が決まって、そのあとはどういうステップに進んでいくんですか?

浅野

脚本の作成です。そこで、いろんな脚本家さんにシナリオ作成をお願いすることにしました。テレビの構成作家さんとか、アニメの脚本家さんとか・・・。

中武

小説家さんもいましたね。

浅野

そういった方々に、5分くらいのショートムービー用の脚本を書いてもらい、それを宮本さんに読んでいただいたんですけど、なかなか方向が決まらなかったんです。

宮本

そのときの脚本は、それぞれがとてもうまく書かれていたんです。けど、僕は「ゲームの内容は気にしなくていいから、何かおもしろいものを」とだけしか伝えていないこともあって、それらの脚本が、自分たちのつくりたいものになるかというと、それは違うかも、という印象だったんです。そこで、石川さんからは「どういうものをつくりたいんですか」と聞かれても、僕は答えることができなくて・・・この頃だったと思いますけど、10人くらいの制作関係者に囲まれて、「どうしましょうか」と聞かれたことがあったんです。まるで、教室に残されて叱られている生徒みたいに・・・。

一同

(笑)

宮本

そのときに、こっちから意見を伝えないと先に進めないと思いました。ところが任天堂サイドで動いてるのは僕ひとりだけで、コメディにするのか、シリアスなSFものにするのか、まだ何も決まっていなかったんです。そこで、あしゅらさんに声をかけ、今村と高野はけっこう忙しそうにしていたんですけど、死にそうな表情はしていなかったので・・・。

一同

(笑)

宮本

「まだ仕事を増やしても大丈夫やな」ということで、「その仕事をちょっとやめて、こっちを手伝いませんか?」と。

今村

やめてないです、その仕事は(笑)。

宮本

言いかえますね(笑)。「手を休めて、手伝いませんか」と声をかけたんです。

高野

僕の場合、アニメ化の経緯をまったく知らされていないのに、いきなり宮本さんからメールが送られてきたんです。しかも、僕の名前は「CC」(※13)の扱いで(笑)。

 

※13 CC=Carbon Copy。電子メールの宛先指定のひとつで、主な宛先(To)以外に同じ情報を共有したい場合などに使われる。

一同

(笑)

高野

そのメールには、脚本が添付されていたんですけど、「意見をください」とだけ書いてあったんです。なので「これはどうしたらいいんだろうな」と・・・。

今村

そこで高野に言ったんです。「こんな美味しい仕事は5年に1回あるかないかやで」と。

高野

なので、自分なりの感想を書いて、返信したら、翌日には、なぜか会議室にいっしょにいたと(笑)。

気がついたら巻き込まれていたんですね(笑)。

宮本

いや、本来いるべき場所に戻ってきただけなんです(笑)。

そうして“四人衆”が結成されて・・・そこからは順調にアニメの制作が進んでいったんですね。

宮本

いや、そうでもなくって・・・。

あしゅら

ものごとがそうかんたんに進むわけないじゃないですか(笑)。だって、アニメが完成するまでに、それから10か月くらいかかることになるのですから。

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