2016.11.10
その他ゲーム機 / ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ

「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」発売記念インタビュー 第5回「メトロイド篇」

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みなさん、ファミコンニチハ! 京都在住ライターの左尾昭典です。
「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」の発売を記念して、このトピックスではじまったゲーム開発者インタビューも、ついに最終回。大トリをつとめるのは、1986年8月にディスクシステム用ソフトとして発売された『メトロイド』です

世界中で熱烈なファンの多い『メトロイド』。当時の任天堂ソフトのなかでは、異色とも言えるSF的なゲームが、いったいどのようにして生まれたのか、当時の開発者である坂本賀勇(よしお)さんと、清武博二(ひろじ)さんに、じっくり話を聞くことにしました。

それでは、坂本さん、清武さん、よろしくお願いいたします。

 

第5回

メトロイド篇

百貨店に応援へ

1983年にファミコンが発売されたとき、坂本さんは入社2年目だったんですよね。

坂本

そうです。

若手社員だった坂本さんは当時、ファミコンをどんなふうに見ていたんですか?

坂本

あるとき、協力会社の工場見学に行く機会がありまして、そのとき初めてファミコンの成形品を見たんです。

発売前のファミコンですか?

坂本

そうです。量産に入る前のファミコンです。それで、協力会社の人が「任天堂さんのおかげで・・・」みたいなことをおっしゃったんですけど、僕は何の話をしてるんやろうって(笑)。というのも、僕が配属された開発一部では、ファミコンの開発に直接関わっていませんでしたので、ファミコンのことをよく知らなかったんですね。

任天堂の社員なのに(笑)。

坂本

はい(笑)。ファミコンが出るというのを知ったのは、それからしばらくたってからでしたので、認識するのはちょっと遅かったんです。

清武さんは、入社した年にファミコンが出たんですよね。

清武

そうです。そのころ、私が所属した開発一部では、ゲーム&ウオッチ(※1)の開発がある意味、主流だったんですが、ちょうどファミコンを販売するタイミングで入社したので、クリスマスシーズンに百貨店に行って・・・。

 

※1 ゲーム&ウオッチ=1980年に1作目が発売された“1ハード1ソフト”の携帯型液晶ゲーム機。シリーズで全世界累計4340万個を販売した。

坂本

応援を(笑)。

清武

そうです、売り場の応援に(笑)。そこで百貨店に行くと、ファミコンが好調でしたので、売り切れることもあったんですね。そんなときは他社の製品をお客様にすすめていました(笑)。

任天堂の社員なのに(笑)。

清武

はい(笑)。

坂本

僕も行きましたよ、応援に。

そうなんですね。

坂本

「行ったほうがいい」「勉強になるぞ」と背中を押されて、関西のとある百貨店に応援に行ったんですけど、「マケて」と言われた思い出しか残ってないんです。「わざわざ遠くから電車に乗ってきたんやから、これ買うたら、ソフト2本、おまけにつけてや」とか言われたりして(笑)。

あははは(笑)。

坂本

だから、売り場の応援でホンマに自分が勉強できたのか、よくわからないんですけどね(笑)。

『スーパーマリオ』にないものを

さて、今回のテーマは『メトロイド』ということで、30周年おめでとうございます。

坂本

ありがとうございます・・・って、もうそんなになるんですね。

清武

30年もたったんですね・・・。

『メトロイド』はディスクシステム(※2)専用ソフトとして発売されましたが、そもそもどういう経緯で、このゲームを開発することになったのですか?

 

※2 ディスクシステム=ファミリーコンピュータ ディスクシステム。1986年2月に発売された、ファミコンの周辺機器。ディスクメディアを採用することにより、ROMカセットよりもメモリー容量が増え、ゲームデータのセーブが可能になった。

坂本

もともとは、清武ともうひとりの新人の2人だけでつくりはじめたんです。前回の「バルーンファイト篇」でもお話ししましたけど、上司だった横井(軍平)さん(※3)は「絵が描けるヤツは、ゲームもつくれるはずや」という考えをお持ちで・・・。

 

※3 横井(軍平)さん=任天堂在職中にゲーム&ウオッチやゲームボーイなどのゲーム機のほか、ファミリーコンピュータロボットや『Dr. MARIO』などの開発を中心となって手がける。故人。

それで、デザイナーの新人2人に、開発を任せることになったんですか?

坂本

そうなんです。しかも、2人ともゲーム&ウオッチをつくったことはあっても、テレビゲームの開発の経験はまったくなかったんです。

清武さん、「無茶を言わないでくださいよ」と言いたくなりませんでしたか?

清武

当時はそこまでは考えませんでした・・・というのも、自分たちが、テレビゲームの開発がどういうものか、まったく知らなかったせいもあるんですけど・・・。それに、「適当にやっておけ」と放っておいてもらえたので、すごく気が楽だったんです(笑)。

自分たちのペースで仕事ができるわけですからね。

清武

ええ。しかも「最後の面倒は見るから」と言われていましたので、つくりはじめたものが、ボツにさえならなければいいなという気持ちでした。

なるほど。それで、新人2人だけで、まずどんなことを考えて、ゲームをつくりはじめたんですか?

清武

開発中に、『スーパーマリオブラザーズ』(※4)がブームになっていったんです。そこで『スーパーマリオ』にはないものを、なんとかつくりたいと思っていました。

 

※4 『スーパーマリオブラザーズ』=1985年9月に、ファミコン用ソフトとして発売されたアクションゲーム。

『スーパーマリオ』にはないもの、というのは、たとえばどんなことですか?

清武

簡単な例を言うと、走っているマリオが止まろうとすると、少し滑るじゃないですか。

はい。

清武

だから、滑らない動きをつくろうとしたり・・・。

まず動きから入ったんですか?

清武

そうです。マリオにはないアクションをつくりたいと思ったんです。あとは・・・。

坂本

(清武さんに)大事な話を忘れてない?

清武

はい?

坂本

そもそも『スーパーマリオ』って、敵をよけるゲームですよね。

敵に当たるとミスになりますからね。

坂本

それを見た清武は「なんでよけなあかんねん」と、文句を垂れていたんです(笑)。

あははは(笑)。

坂本

そこで、回転ジャンプをすると敵を倒すことができる「スクリューアタック」というワザをやりたいということで、『メトロイド』をつくりはじめたと・・・そうだったよね?

清武

はい、そうでした(笑)。

何もできていなかった『メトロイド』

ちなみに、新人の2人だけで、どのくらいの期間、開発をしていたんですか?

清武

10か月もなかったと思います。

で、やってるうちに、出口・・・つまり、完成形は見えてきたんですか?

清武

出口を考えるというより、それ以前に、私たちはテレビゲームを最後までつくったことがありませんでしたので、完成形がまったくイメージできていませんでした。

どのようにゲームを仕上げていけばいいのか、経験値としてまったくなかったんですね。

清武

まったくありませんでした。とにかく当時は、どうしたらおもしろくなるのか、どうしたらゲームになるのか、ということだけを考えていました。

坂本

じつは『メトロイド』に僕が加わったのは、最後の3か月くらいのことだったんです(笑)。

つまり、10か月近くの期間を、新人2人だけで開発をし、ゲームを仕上げるために坂本さんがチームに合流したのは、完成する3か月前だった、ということなんですね。

坂本

合流したのは僕だけでなく、最後は開発一部のスタッフの全員が仕上げに加わりました。

先ほど、清武さんが「最後の面倒を見るから」と言われた、という話でしたけど、それをまさに実行したんですね。部員を総動員して。

坂本

そうです。当時の開発一部のみんなが、なんらかのかたちで、『メトロイド』に関わりました。

で、坂本さんたちが合流したとき、ゲームはどの程度できていたんですか?

坂本

正直に言うと、何もできていなかったんです(笑)。

ああ・・・(笑)。

坂本

どこに行っても同じ柄の背景が続いていて、どこに行っても同じことしかできないような状態だったんです。キャラクターが動くだけで、ゲームデザインがまったくできていなかったんですね。

その時点で、『メトロイド』の世界観は表現されていたんですか。

坂本

それはできていました。ダークな世界観で、肉体派のキャラクターが活躍する、いわゆる体当たりゲームみたいな感じは、当時もちゃんとできていたんです。

それで坂本さんたちは、どのようなことから手をつけていったのですか?

坂本

いちばん最初に手をつけたのは、主人公のサムスの動きです。

清武

私はキャラクターデザインが専門だったいうこともあって、サムスをいろんなパターンで、すごく細かく動かしていたんです。すると、すごく容量を食ってしまったんですね。

そこへさらに、背景やサウンドを入れようとすると・・・。

清武

とても収まらないんです。なので、サムスの動きはかなり端折(はしょ)られました(笑)。

「10か月近くもかけて、せっかくつくったのに」と思いませんでしたか?

清武

もちろん涙、涙だったんですけど、みんなに手伝ってもらっているわけですし、その結果として、『メトロイド』が完成するのであれば、それでいいとは思っていました。

坂本

そのほかにも、背景の色を変えることで、次に進んだということがわかるようにしたりとか、ものすごくたくさん手を加えることになりました。

清武

そうでしたね・・・。

坂本

でも、清武たちを責めることはできないんです。彼らはゲーム&ウオッチから、いきなりディスクシステムのソフト開発の世界に飛び込まされたわけですから。

例えばゴーカートしか乗ったことがない人が、いきなりクルマを運転しろと言われたような感じ・・・。

坂本

まさにそんな感じでしたね。ゲームづくりの経験のない新人に対して、横井さんが「絵が描けるヤツは、ゲームもつくれるはずや」と言ったから、清武たちはそのとおりにやっていただけなんですね。

「みんなが驚くものはなんや」

ちなみに、主人公のサムス・アランという名前は清武さんがつけたんですよね?

清武

はい。

じつは10年ほど前に、雑誌のインタビューをやったときに、坂本さんから聞いたんですけど、サッカー好きの清武さんが、サッカーの王様のペレの本名から命名したとか・・・。

清武

そうです(笑)。ペレの本名が合っていない気もするんですけど・・・。

はい。合ってないんです(笑)。

清武

やっぱり(笑)。

清武さんは、ペレの本名を「サムス・アラントス・ナシメントス」だと思っていたようですが・・・。

清武

そうそう、そういうイメージでした。

でも、ちゃんと調べてみると、「エドソン・アラントス・ド・ナシメンテ」だったんです。

清武

ああ・・・ぜんぜん違いますね(笑)。

坂本

けど、「アラントス」は合ってますね(笑)。

たしかに(笑)。

清武

なんとなくそういうイメージでいいかな、というので付けた名前だったんです。

で、そのサムス・アランが女性だという設定は、どうやって生まれたんですか?

坂本

開発の終盤に入ってから、クリアする時間によって、エンディングのパターンを変えようという話になったんです。そこで速くクリアできた人には、ご褒美のようなものを用意しよう、ということになりまして・・・。

清武

「みんなが驚くものはなんや」と。すると、「サムスのヘルメットをとるのがいいんじゃない?」という話になったんです。

坂本

そしたらスタッフの1人が「女の人が出てきたら、みんなビックリするやろうな」と言ったんです。「あ、それおもしろいから、そうしよう!」ということで一瞬で決まったんですね。

清武

本当に一瞬で決まりましたね。あの当時は、ひとつのゲームを何度も遊んでくれるようなところがありましたので、これだけ速くクリアすれば、こんなご褒美がありますよ、ということで、サムスがヘルメットやスーツを脱いだりするという4つのパターンを、エンディングに入れることにしたんです。

みんなは、サムスがタフで肉体派の男性だと思い込んでプレイしていたら、最後に女性だということがわかって・・・。

坂本

だからあの当時、遊んだ人にはすごく驚いてもらえましたよね。いまでもそのことは“伝説”のように言われることもありますし(笑)。

自分のライフワークみたいなものに

最後の3か月間、開発一部の人たちを総動員してつくられたということですが、『メトロイド』が完成したとき、清武さんはどんな気持ちになりましたか?

清武

そりゃあ、すごくうれしかったです。とくに音が入ったときは、すごく感動しました。僕らが2人でつくってるときは、単純な音しか入れることができなかったんです。「ぴゅんぴゅん」みたいな(笑)。

(笑)

清武

しかも、世界観もそこそこのものしかつくっていなかったのに、ちゃんとしたサウンドを入れてもらったときには、やはり感動しましたね。

坂本さんはいかがですか?

坂本

僕がこのプロジェクトに参加したときは、新しいものをつくって、それをゲームに組み込むような時間が、まったくなかったんです。

チームに合流して、3か月後に発売することが決まっていたんですね。

坂本

そうなんです。なので、そこにあるものを使って、「何ができるか」、「どういうおもしろいものになるか」、ということに必死だったんです。

ありものを活用したんですね。

坂本

そうです。そうして『メトロイド』が次第にゲームのかたちになっていって、完成間近になったとき、スタッフたちの名前が入ったエンディングロールができてきたんです。それを見たときは、本当に涙が出そうになりました。

ああ・・・。

坂本

達成感が半端じゃなくって・・・すごくジーンときましたね。

苦労が大きかっただけに、感激もひとしおだったんですね。

坂本

そうです。じつは最初に「手伝ってほしい」と声をかけられたとき、一度は断ったんです。

どうして断ったんですか?

坂本

泥沼にはまるような気がしたんです。

(笑)

坂本

『メトロイド』をやる前は、別の仕事もやっていたんです。で、終わりかけのタイミングを見計らったかのように、先輩デザイナーから「相談があんねんけど」と声をかけられたんです。「『メトロイド』、なんとかならへんかなあ」と。そこで、最初は断ったんですけど、結局、口説かれて、「じゃあ、やります」ということになって、「時間ないわ」「容量ないわ」という状況のなかで、3か月で仕上げたわけなんですね。そのようにして『メトロイド』との関係がはじまったんですけど、いつの間にか、自分のライフワークみたいなものになってしまいました(笑)。

まさに坂本さんのライフワークになっていますよね(笑)。

3世代で遊んでほしい

それでは最後に、30周年を迎えた『メトロイド』を、「クラシックミニ」でどんなふうに遊んでほしいか、メッセージをいただけますか?

清武

まず、30年前に遊んだ人には、あの当時、すごく苦労してクリアしたことを思い出してほしいなと思います。

初めての人に対しては?

清武

昔のゲームって、こんなに歯ごたえがあるんだぞって(笑)。

あははは(笑)。

清武

あと、サムスって、もともとはたくさんの動きをしていましたので、そういうことを想像しながら遊んでいただけるとうれしいですね。

坂本さんはいかかですか?

坂本

よく、「親子で遊んでほしい」とか言うじゃないですか。

はい。

坂本

でも、この『メトロイド』は3世代で遊んでほしいと思ってるんです。ファミコンというゲーム機は子どもだけのものじゃなくって、当時は大人の人も遊んでいたんですよね。

ですよね。

坂本

で、そのような人が、やがて父親になり、そのあとにお孫さんが生まれたりもしていると思うんです。

30年もたつと、当然そういう人たちもいるでしょうね。

坂本

だから、3世代で遊んでほしいなあと、強く思ってるんです。で、おじいちゃんは昔、自分で取った杵柄(きねづか)で・・・。

清武

いちばんうまかったりして(笑)。

ありえますよね、それ(笑)。

坂本

そのように、世代を超えたところで、30年前につくられた『メトロイド』を遊び、それぞれがどんなことを感じるか、ということに、僕はすごく興味があるんですよね。

じゃあ、家族旅行で温泉に行っていただいて(笑)。

坂本

ぜひ温泉で、3世代で楽しんでほしいと思いますね。

最後にもうひとつ、ぜひ聞いておきたいことがありまして・・・。先ほどエンディングで泣きそうになった、という話がありましたけど、そのエンディングに出てくる「弁慶食堂」についてなんですが・・・。

坂本

ああ(笑)。「ぜひ聞いておきたい」と言うから何かなあと思ったら、それですか(笑)。

はい(笑)。一部のファンの間では有名な話ですが、スタッフロールの「SPECIAL THANKS TO」のあとに・・・。

坂本

「TOHRYU MAKO BENKEI」って出てくるやつですね。

そうです。

坂本

本当に最後の3か月は、毎晩遅くまで仕事をしていましたので、会社の近くの食堂から店屋物を取っていたんです。なかでもすごくお世話になっていたのが、弁慶食堂(BENKEI)と東龍(TOHRYU)という中華料理屋さん、それにサムタイム マコ(MAKO)というお店で、その3つの店名をスタッフロールに載せることにしたんです。

なるほど。

坂本

で、ずいぶん前に東龍は閉店しまして・・・。

弁慶食堂も数か月前に、店を閉めたようですね。その意味でも、30年という時の流れを感じますよね。

坂本

本当にそうですね。とても残念ですけど・・・。

清武

でも、がんばってクリアすれば、そのようなスタッフロールが見られますし、サムスのエンディングもぜひ見てほしいですよね。

30年前につくった、いまの人への挑戦状みたいな感じで(笑)。

清武

そう、挑戦状です。ちょっと手強いかもしれませんが(笑)。


さて、全5回にわたってお届けした、「クラシックミニ」発売記念インタビューはいかがだったでしょうか。それぞれのゲームがつくられる過程では、いろんな“ドラマ”が生まれます。それを知ることで、そのゲームのことをもっと好きになっていただければ、こんなにうれしいことはありません。

これからは、クリスマス、お正月と、友だちや家族、親戚たちが集まるイベントが目白押しです。そんなとき、「クラシックミニ」をササッとテレビにつないで、30本のソフトのなかから、例えば『ゼルダの伝説』を選んで、「このオープニングに流れてる曲はね、サウンドクリエイターの近藤さんが一晩徹夜してつくったんだよ」なんて、解説する人がいたりすると、インタビューを担当した者としては、「いいね!ボタン」を300回くらい押したくなっちゃいます。なので、今回のトピックスで知ったことは、周りの人にどんどん伝えてくださいね。

というわけで、「クラシックミニ」をたっぷりお楽しみください。それでは!

©2016 Nintendo

edited by : 左尾昭典
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