2017.8.31
その他ゲーム機  ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン

「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」発売記念インタビュー 第1回「スターフォックス1+2篇」

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みなさん、こんにちは! 京都在住ライターの左尾昭典です。

昨年「ニンテンドークラシックミニ ファミコン」が発売されたとき、「スーパーファミコン版も出して!」と願った人、すごく多かったと思うんですけど(私もそうです)、やっぱり来ましたねー、「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」(略して「ミニスーファミ」)。

そもそも1983年のファミコンの登場から、1990年のスーパーファミコンの発売まで、7年以上も待たなければならなかったわけですが、今回はわずか1年での登場です。テクノロジーの進歩って本当にすごいですよね!

そこで今回も、スーパーファミコンのソフト開発者のインタビューを行うことになりました。第1回目のテーマは、3Dシューティングゲームの『スターフォックス』と、未発売のために“幻のソフト”になっていた『スターフォックス2』です

『スターフォックス2』のゲーム内容に関しては、こちらの説明書で楽しく紹介されていますので、ぜひご覧ください。

それでは、この2タイトルの開発に関わった宮本茂さん今村孝矢さん、そして渡辺剛さん、どうぞよろしくお願いいたします。

 

第1回

スターフォックス1+2篇

「ポリゴンハードじゃないから」

まず最初に、『スターフォックス』開発当時のそれぞれの役割について、宮本さんから、お話しいただけますか?

宮本

3人とも初代の『スターフォックス』のときから一緒にやっていまして、僕はゲームデザインとプロデューサーを、今村はポリゴン以外のグラフィックやキャラクターデザインを、そして渡辺はポリゴンのデザイナーを主に担当していました。

今村さんは『スターフォックス』の前に、スーパーファミコンと同時発売の『F-ZERO』(※1)などの開発にも関わっていたんですよね。

 

※1 『F-ZERO』=ミニスーファミに収録されている、近未来レースゲーム。1990年11月発売。

今村

はい。クルマのデザインをしたり、キャラクターを描いたりしていました。

渡辺さんは『スターフォックス』の開発に入る前は、どんなことを?

渡辺

『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』(※2)の背景をデザインしたりしました。表世界は先輩が描いたのですが、裏世界の背景は私が担当しました。

※2 『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』=ミニスーファミにも収録されている、アクションアドベンチャーゲーム。1991年11月発売。

宮本

あと、オープニングの幻想的な絵もお願いしましたよね。

渡辺

そうですね。7賢者の絵を描くようなこともしました。

宮本

渡辺は今村よりも後に入社してきたんですよね。

渡辺

そうです。私は今村の1つ下で、スーパーファミコンの発売前に入社して、最初の1年間はデバッグをやっていました。

さて、今回のテーマである、1993年に発売された初代の『スターフォックス』ですが、そもそもの開発のキッカケは何だったんですか?

宮本

ポリゴンを使って本格的なゲームをつくりたいと思ったんです。

当時のゲームは、ドット絵が主流でしたけど、ポリゴンを使うことで、3Dのゲームをつくろうということなんですね。

宮本

そうです。そこで、社内でいろいろと検討したんですけど、ハード開発の人たちから、「無理だよ」と言われたんです。

無理というのは・・・?

宮本

「スーパーファミコンって、ポリゴンハードじゃないから」って(笑)。

なるほど。スーパーファミコンはもともと、ポリゴンを動かすために設計されていなかったんですね。

宮本

そうなんです。

けど、宮本さんはあきらめなかったんですよね(笑)。

宮本

はい(笑)。イギリスのアルゴノート(※3)という会社がPCでポリゴンのゲームをつくっていて、そこの技術を使って専用のチップを開発すれば、いけるかも、ということになったんです。それで、およそ2年かけて開発したのがスーパーFXチップ(※4)なんですね。

 

※3 アルゴノート=アルゴノート・ソフトウェア(現アルゴノートゲームズ)。3Dエンジンを開発したイギリスのゲーム開発会社。

 

※4 スーパーFXチップ=スーパーファミコンのロムカセットに内蔵された、ポリゴンや3Dグラフィックを描写するためのチップ。『スターフォックス』のほか、『スーパーマリオ ヨッシーアイランド』などにも搭載された。

スーパーファミコンはカセット方式でしたから、その中にチップを搭載することで、後からハードを進化させることもできたんですね。

宮本

そうです。カセット方式だと、ハードが足せるのが便利なんですね。

“次元を外れた”隠しステージも

渡辺さんは、ポリゴンのデザインをしたということですけど、当時はどんな苦労がありましたか?

渡辺

スーパーFXチップがあるとはいえ、やっぱりスーパーファミコンでしたから、すごく制約がありました。自由なデザインをポリゴンにおこすと、処理オーバーしてしまうんです。なので、戦闘機を描くときも、機首がどっちを向いているかなど、いかに少ないポリゴンで、ちゃんとわかるように描けるか試行錯誤していました。

宮本

ポリゴンの頂点が1個増えるごとに、処理がかかってくるんです。そこで、ひとつの画面に、頂点が何個くらい出せるのかを事前に調べておいて、その結果、建物の形はできるだけ四角か三角にして、敵もできるだけ少ないポリゴン数で、どっち向きに飛んでもいいように、ベタッとした形にしたりとか・・・。

今村

それに、地面もスクロールさせて・・・。

宮本

地面に模様を描いて、それをスクロールさせて、移動感を出すようにしてましたね。

渡辺

その模様も、シンプルなグラデーションしか表現できなかったんですよね。

そのように、いろんな制約があるなかで『スターフォックス』はつくられたと思うんですけど、つくり手の遊び心が感じられることもやっていますよね。たとえば隠しステージの「アウト オブ ディス ディメンションズ」(※5)はその最たるもので・・・。

※5 「アウト オブ ディス ディメンションズ」=Lv.3ルートのアステロイドベルトにある隠しステージ。右に出現する大きな隕石を破壊すると、大きな鳥が現れるので、それに体当たりすると隠しステージに入ることができる。

今村

あー、はいはい。ワープすると、隠し面に入って、スロットマシンが出てくるステージですね。

ええ。そのスロットマシンで「777」を出すと、スタッフクレジットが出てくるようになっていて・・・。

今村

BGMには童謡の「雪やこんこ」が流れていて・・・。

あと、「ちょうちょ」とかも流れますし、背景には顔のある星が浮かんでいて、それがぐにゅぐにゅ動くので、すごくシュールなんですよね。そもそも「アウト オブ ディス ディメンションズ」には、「次元を外れる」という意味があると思うんですけど、その外れかたが半端ないと思いました。

渡辺

そのステージはもともと、折り紙からはじまったんです。宮本が「折り紙をやりたい」って言っていまして・・・。

宮本

ああ、思い出しました。折り鶴がパタパタっと折れると楽しいよねと言ってたんです。

渡辺

でも、それは無理ですと(笑)。

宮本

無理やったんやね(笑)。

折り鶴だと、頂点が多すぎたんですね(笑)。

渡辺

折り鶴は無理ですけど、紙飛行機だったらできます、ということで・・・。

宮本

紙がパタパタと折れて紙飛行機になってぴゅーんと飛ぶんですね。もともと、いろんなものを実験していて、残ったものを使わないで、そのまま捨てるのはもったいないよね、ということで、そういうオマケ面のところに詰め込んだ、ということなんでしょうね。

で、最後にスタッフクレジットが出てきて、これで終わりかな、と思ったら、「THE END」の文字がバラバラと出てきて・・・。

宮本

それをまた撃つ、みたいなことをやりましたね。スーパーファミコンの頃から、ありきたりのスタッフクレジットを流すのでなく、インタラクティブなこともやりたいよね、という話をしていたんです。

それにしても制約が多いなかで、あのような遊びが入ってることに驚きました。

宮本

たしかに、いまから考えるとすごい余裕ですよね。本編をつくるだけでも大変だったはずなのに(笑)。

一同

(笑)

ミニスーファミのプロデューサーのひとことで

それでは、ミニスーファミの発表のときに、世界中のファンが驚いた『スターフォックス2』の話に入りたいと思います。このソフトは発売中止になることで“幻のソフト”になっていたわけですが、まさかそれを遊べる日がやってくるとは思ってもいませんでした。

宮本

幻のソフトのままにしておいたほうがよかったかなって(笑)。

そんな(笑)。

宮本

僕自身、長い間、遊んでませんし、いまの時代に、みんなが遊んでおもしろいと感じてくれればいいんですけどね。

そもそもどういう経緯があって、ミニスーファミに入れることになったんですか?

宮本

ミニスーファミのプロデューサーが「入れたいんです」と言うんです。デバッグも終わっていて、せっかく完成していたゲームなのに、それを世に出さないともったいないと言うんですね。

でも、完成していたのに、当時はどうして『2』を発売しなかったのですか?

宮本

『2』が完成したのは1995年のことで、その翌年には・・・。

NINTENDO64(以下、N64)の発売が迫っていたんですね。

宮本

そうです。N64はポリゴンハードなのに、ポリゴンハードでないスーパーファミコンに、無理矢理チップを載せるようなことをして、しかもスーパーFXチップ2といって、メモリが2倍になったものの、値段も高価になったんです。

なるほど。

宮本

なので、値段は高くなるし、発売のタイミングもよくないよね、ということで『2』の発売を中止にして、N64で最初から『スターフォックス』をつくりなおしたほうがいい、という話になったんですね。

それが『スターフォックス64』(※6)になるんですね。

 

※6 『スターフォックス64』=1997年4月に、NINTENDO64用ソフトとして発売された3Dシューティングゲーム。

宮本

はい。

渡辺さんは『2』の開発中、どんなことを覚えていますか?

渡辺

スーパーFXチップ2になると、使えるポリゴン数が増え、表現の可能性の幅が広がったんです。そこで、マシンを変形させようということになりまして・・・。

アーウィンがウォーカーに変形できるようにしたんですね。

渡辺

そうです。で、表現力があがったとは言え、やっぱり見た目にはシンプルな絵しか出せなかったんです。そこで、より楽しく見えるようにと、マシンをぐるんと回転させて変形するような実験をしていたんですね。ところが、それを見た伊藤あしゅら紅丸さん(※7)が・・・。

 

※7 伊藤あしゅら紅丸さん=マンガやイラストだけでなく、ギターも演奏するマルチアーティスト。『カービィ』シリーズなど、数多くのゲーム開発にも関わっており、トピックスの「『スターフォックス ゼロ』のアニメーションができるまで」にも登場している。

今村

あしゅらさんは当時、アメリカのゲーム雑誌の「ニンテンドーパワー」で、『スターフォックス』のコミックを連載していたんです。

/

渡辺

そのあしゅらさんが、ぐるんと回ったマシンを見て、「そんなことをしたら、パイロットの目が回るじゃない」と言ったんです。

たしかに(笑)。ゲームとは言え、不条理なことをやってはいけないと。

渡辺

だから、変形させると言っても、見た目の楽しさだけを求めるのではなく、実際にどういう仕組みになっているかを考えながらつくるようにしました。

昔の日記が白日の下にさらされるような

渡辺さん、何かの資料をお持ちになってるようですね。

渡辺

あ、はい(笑)。今回のインタビューのために、机の引き出しをあさっていたら、こういうのが出てきたんです・・・(と言って、ファイルを開く)。

今村

わちゃー(笑)。

宮本

おお、すごいなあ・・・。

渡辺

これ、今村が描いたスターウルフの絵なんですけど、ほとんど迷うことなく、さささっと描いてましたよね。

今村さんの日付印が押してありますね。94年5月29日・・・だから、20年以上も前に描かれた絵なんですね。

今村

今回、新たに制作した説明書に掲載しましたので、20年経ってようやく日の目を見ました。

渡辺

で、先ほど「変形」のお話をしましたけど・・・(ファイルをめくりながら)変形にどういう意味があるのかということで、描いたのがこれらの絵なんです。

各パーツの接続まで、細かく描かれていますね・・・。つまり、理詰めで変形させていたんですか?

渡辺

理詰めというより、これらの絵は後付けなんです。変形がどのような仕組みで行われるのか、という説明があったほうが、お客さんにも楽しんでいただけるかなと思ったんです。

つまり、取扱説明書用に描き起こしていたんですね。これらの絵は、すべて渡辺さんが描いたんですか?

渡辺

そうです。

今村

渡辺は、高校時代の漫画研究会の後輩なんですよ。

ええっ、そうだったんですね(笑)。

今村

昔からメカを描くのがうまかったんです。

で、ここまで絵を描いたのに、『スターフォックス2』の発売が中止になってしまって、そのとき渡辺さんはどう思いましたか?

渡辺

それはそれはすごいショックでした・・・。

そうでしょうね。

渡辺

自分のなかではすごくがんばってつくったのに、お客様にお届けできないような仕事はダメだな、とも思いましたね。

ゲームは完成し、ここまで絵を描いていたわけですしね。

渡辺

そういう意味では、自分にとっては、すごく考えさせられる出来事でしたし、悔しかったという思いがかなりあったんです。

それが今回、ミニスーファミで蘇ることになったわけですが、どんな想いがありますか?

渡辺

正直に言うと恥ずかしいです。昔の日記が突然出てきて、白日の下にさらされるような恥ずかしさ、みたいな(笑)。

一同

(笑)

渡辺

当時は最新の技術を使って、一生懸命につくったゲームなんですけど、いまの時代にどれだけ楽しんでいただけるかなあと思ったりしています。

なにしろ、22年前に完成していたゲームですからね。

宮本

けど僕は、今回、このようなかたちで出ることになってよかったなあと思ってるんです。あの当時、発売できなかった理由が、値段の問題とか、発売時期の問題にあって、モニターに出したら、評価が低かったからやめた、ということではなかったわけですからね。

丸を基調にデザインされたコントローラー

さて、今回はミニスーファミの発売記念インタビューということで、スーパーファミコンというゲーム機についてもお聞きしたいのですが・・・。

宮本

はい。

宮本さんは、スーパーファミコンの開発にあたっては、かなり深く関わったんですよね。

宮本

そうですね。パッケージなども含めて、ゲーム機のデザインのほとんどは、IDデザイナーと一緒にやりました。

ハードの中身についてはどうだったんですか?

宮本

ファミコンの時代から、社内の体制がしっかりできあがってきていましたので、ハードの人たちが、ゲームをつくる人たちに、ここはどうしよう、ああしようと相談するようになってきていたんです。

任天堂は「ハード・ソフト一体型ビジネス」と言われますが、まさにそれを実践していたんですね。

宮本

そうです。それはファミコン時代に定着したんですね。

スーパーファミコンの形は、ファミコンと比べると、丸みを帯びたデザインになっていますよね。

宮本

そうですね。わりと早く決まったのは、コントローラーのデザインの基調を丸にしようということだったんです。

A・B・X・Yボタン、それに十字ボタンのまわりには、丸のデザインが施されていますよね。

宮本

それにグリップの部分も丸のデザインを採用することで、小さなお子さんでも、好きなところを持てますし、どんな手のサイズの人でも握りやすいようにと、あのような形になりました。

あと、ファミコンのコントローラーと比べると、ボタンが4つも増えましたね。

宮本

たとえば、今回のミニスーファミにも入っている『ストリートファイターII』(※8)は、業務用では3つ+3つのボタンがついていて、計6個のボタンがないと遊べないんですね。

 

※8 『ストリートファイターII』=カプコンが開発した対戦型格闘ゲーム。1991年にアーケードゲームとして登場以来、シリーズ作多数。ミニスーファミには、1994年6月にスーパーファミコン用ソフトとして発売された『スーパーストリートファイター®II ザ ニューチャレンジャーズ』が収録されている。

『ストII』のためにボタンを増やしたんですか?

宮本

『ストII』のためだけではないんですけども、そのような当時のトレンドのゲームも全部遊べるようにしようということで、ボタンを増やしました。それからA・B・X・Yボタンは、十字に並んでますよね。これは十字ボタンとしても使えるように配列したんです。で、ゲームによっては、そこに10円玉を載せて遊ぶと(笑)。

なるほど(笑)。

宮本

ただ、ずいぶん迷ったことがありまして・・・。A・B・X・Yボタンの配列なんですけど、Aボタンはいまと同じで、Bボタンの位置を、斜め上に置くか、斜め下に置くかで、さんざん迷ったんです。

迷ったあげく、斜め下に置くことにしたんですね。

宮本

そうです。ゲームボーイのボタンに合わせて、そのような配置にしたんですけど、そのせいで、マリオのBダッシュができなくなってしまったんです(笑)。

だから『スーパーマリオワールド』(※9)では、Yダッシュになったと(笑)。

 

※9 『スーパーマリオワールド』=ミニスーファミにも収録されている、アクションゲーム。スーパーファミコンと同日の1990年11月発売。

宮本

ええ(笑)。あと、ボタンのグループ分けをするようにして、メインのボタンはA・Bで、X・Yはサブですよと、優先順位をつけることしました。なので、C・Dボタンではなく、X・Yボタンと呼ぶようになったんですね。

なるほど。

宮本

で、ボタンの色も4色で分けるようにして、本当は赤いボタンとか、黄色いボタンと呼びたかったんですけど・・・。

アメリカのコントローラーだけが、ツートンカラーを採用していますよね。日本とヨーロッパは、本体を含めて同じデザインですけど。

宮本

アメリカは、向こうのマーケットに合わせて、独自にデザインしたんです。たとえばX・Yボタンには触ると凹みがついてるでしょう。

あ、ホントですね。

宮本

凹みをつけることで、コントローラーを見なくても、メインとサブの区別がつくようになってるんです。そこは、感心しました。アメリカのIDも優秀だなあって。けど、赤いボタンとか呼べなくなったのはすごく残念でしたけどね(笑)。

やとわれ遊撃隊のモデルたち

ところで、今村さん・・・。

今村

はい。

今村さんが『スターフォックス』でデザインしたキャラクターについてなんですが、これまで「社長が訊く」などでも触れられていますので、今回はあえて聞かなかったんです。

 

今村

そうですね。いろんなところで語られていますからね。もともと僕は『スターフォックス』のキャラクターを人間にしようと思っていたのに、宮本の「動物にしようよ」のひとことでひっくり返ったり、主役は会社の近くにある伏見稲荷大社のキツネにして、その他のキャラも、日本の昔話に登場するような動物からチョイスして、みたいな・・・。

はいはい(笑)。

今村

でも、まだお話していないことがあるんです。実はやとわれ遊撃隊のキャラクターたちの顔は、当時のスタッフがモチーフになってるんです。

えっ? そうなんですか!(笑)

今村

フォックスはキツネ顔の宮本で・・・。

宮本

(笑)

今村

ファルコは渡辺です。当時は鼻がくちばしのように盛り上がってたんです(笑)。

渡辺

(笑)

今村

で、ディレクターの江口勝也(※10)が口元がうさぎっぽいので、うさぎのペッピーにして、プランナーの山田洋一(※11)は、カエルのように目がくりっとしてるのでスリッピーなんです。

 

※10 江口勝也=『どうぶつの森』シリーズの開発に関わったほか、最近では『Splatoon(スプラトゥーン)』や『ARMS』などのゼネラルプロデューサーを務めている。

 

※11 山田洋一=『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』でサブディレクターを担当し、以降の『ゼルダの伝説』シリーズのほどんどのタイトルの開発に関わっている。

宮本

そもそも、山田のマスコットキャラがカエルなんですね(笑)。

今村

で、ボスのアンドルフは・・・これは言えない(笑)。

宮本

これは言えへんね(笑)。

今村

(小声で)当時の上司なので(笑)。

あははは(笑)。それにしても、『スターフォックス』のキャラクターの話は、さんざんお聞きしてきたつもりだったんですけど、まだ明かされていないネタが残っていたんですね(笑)。

今村

僕も、今日、渡辺が持ってきた資料を見て驚きましたからね。実は今回、『スターフォックス2』のパッケージのイラストを描き起こしたんですけど、あの資料を先に見ていれば、別の絵を描いていたかもしれないですし。

渡辺

実は僕、パッケージデザインを担当するグループのマネージャーをやっていまして、このパッケージの話が来たので資料を見せようと思ったら、今村はすでに絵を描きあげていたんですね(笑)。

宮本

相変わらず手が早いね、さすが(笑)。

今村

ええ、まあ(笑)。

一同

(笑)

(第2回は『F-ZERO』です。お楽しみに)

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